「巧久」より「拙速」。インドネシアの修羅場で学んだ、孫子の最強交渉術

20年の海外交渉で、最も修羅場を救ってくれた『孫子の兵法』の一節

言葉も文化も違う海外での交渉。予期せぬトラブル、決裂の危機……。 私が20年間、英語・中国語・日本語を武器に世界の最前線で戦う中で、何度も「もうダメだ」と思う局面がありました。

その度に私の心を整え、逆転の一手を与えてくれたのは、最新の交渉術ではありません。2500年前の『孫子の兵法』にある、ある一節でした。

「兵は拙速を聞くも、未だ巧久なるを見ざるなり」 (戦争においては、多少出来が悪くても速やかに切り上げるのが良い。完璧を期して長引かせ、成功した例など見たことがない)

忘れられないインドネシアでの孤立

2007年。初めて一人でインドネシアを訪れた時のことです。 地元の代理店と共にエンドユーザーのもとへ向かい、製品の施工方法を細かく打ち合わせました。しかし、施工当日。用意されているはずの工具が一つも揃っていませんでした。

「そんな話は聞いていない」と主張する顧客。 間に立つ代理店との、噛み合わないやり取り。

初めての一人での海外出張。焦り、怒り、そして拭いきれない孤独感……。感情が複雑に絡み合い、頭が真っ白になりかけました。

誤解は「自然」であるという悟り

なんとか急遽工具を加工して急場をしのいだ後、私は猛烈に反省しました。 私、代理店、顧客。全員にとって英語は外国語です。語学レベルも違えば、文化も違う。その中で、母国語同士でさえ起こり得る「言った言わない」の誤解が発生するのは、むしろ「自然」なことだと気づいたのです。

当時、私は「議事録は落ち着いてから完璧にまとめよう」と考えていました。しかし、それでは遅すぎる。その時、脳裏をよぎったのが、あの孫子の一節でした。

「巧久(こうきゅう)」より「拙速(せっそく)」を選べ。

完璧な条件を揃えるのを待つのではなく、多少粗削りでも、熱量が残っているうちに勝負を決める。これが軍事の要諦であると。

議事録は「戦術」から「戦略」へ

それ以来、私のスタイルは一変しました。 打ち合わせと同時にPCで議事録をまとめ、会議が終わる瞬間にその場で画面を全員に見せます。 「この理解で合っているか?」 その場で修正し、全員の頷きを確認した瞬間に、その場で全員へメールを送付する。

この「拙速」のやり方は、絶大な効果をもたらしました。 誤解やミスが激減しただけではありません。私の送った即時の議事録は、そのまま相手担当者が社内へ提出する「報告書」になります。

相手は報告書を作る手間が省け、私は自分の主張を100%相手組織の深層まで届けることができる。 「拙速」は単なる時短の戦術ではなく、敵を味方に変え、周囲を巻き込むための高度な「戦略」だったのです。

玄水

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