仕事とは、根本的に「思い通りにいかないこと」の連続である。
中東情勢の緊迫化、資源インフレ、突然のパンデミック、そして不条理な組織のリストラ。我々を取り巻くビジネス環境は、個人の努力やスキルでは到底抗いきれない「巨大な嵐」に定期的に見舞われる。
特に私が身を置く中小規模の外資系製造業は、組織がコンパクトである分、いざという時のサポートは驚くほど手薄だ。本社との時差、言語の壁、そして東南アジアの拠点を一人で背負って戦う現場の孤独。
今回は、予期せぬトラブルや絶望的な状況に直面した時、私が22年間の外資サバイバルの中で自らに言い聞かせ、心を保ってきた「一つの哲学」について語ろう。
1. 「私が最後の砦である」という狂気と開き直り
巨大なトラブルの渦中、私は常に二つの相反する感情で自分をコントロールしている。
一つは、**「これだけ修羅場をくぐってきた私(経験者)が対処してダメなら、この会社としてはもう諦めるしかないだろう」という、一種の開き直りに似た冷徹な余裕だ。 そしてもう一つは、「いや、私がこの現場の最後の砦だ。何としてもここで食い止める」**という、プロフェッショナルとしての矜持である。
しかし、どれほど覚悟を決め、現場で血の滲むような努力をしても、自分の力だけではどうにもならない「理不尽な構造的危機」が、人生には確かに存在する。
2. クーデター、パンデミック。個人の無力さを知る極限状態
私の22年のキャリアは、まさに世界的な混乱と共にあった。
■ 2011年:東日本大震災後のサプライチェーン崩壊 物流が完全に麻痺する中、被災地のお客様のラインを復旧させるため、泥まみれになりながら代替品をかき集めた日々。
■ 2014年:東南アジアでの軍事クーデター遭遇 出張中の国で突如クーデターが勃発。夜間外出禁止令が出され、夜10時以降は一歩も外に出られない。現地代理店と連携し、許可されたわずかな時間と安全なルートだけを使い、張り詰めた空気の中で顧客訪問をこなした。
■ 2020年〜:人影の消えた空港と孤独な海外出張 世界が完全に停止したコロナ禍。それでも現場の要請で、日本、韓国、フランスと渡り歩いた。乗客が数えるほどしかいない機内。各国で指定病院を回り、鼻の奥が擦り切れるほどPCR検査を受けた。 「もし異国の地で陽性になれば、隔離され日本には帰れない」という極限のプレッシャーの中、一人ホテルの天井を見つめた。
「事態はどこまで深刻化するのか」「果たして日常は戻るのか」。 底知れぬ不安と孤独の中にいた私を、常に支えてくれた言葉がある。
3. 老子「飄風は朝を終えず、驟雨は日を終えず」
中国の古典『老子』の第二十三章にある、次の一節だ。
飄風(ひょうふう)は朝を終えず、驟雨(しゅうう)は日を終えず
「どんなに激しい突風(飄風)も、一朝(午前中)吹き荒れることはない。どんなに激しい豪雨(驟雨)も、一日中降り続くことはない」という意味である。
老子はこう説く。 天地自然が起こす圧倒的な現象でさえ、永遠に続くことはない。ましてや、人間社会が作り出した混乱や困難(経済危機、紛争、社内のトラブル)など、いつまでも続くはずがないのだ、と。
この言葉は、ビジネスにおける真理である。 どうにもならない嵐が来た時、無理に逆らって戦おうとすれば心身が折れる。重要なのは、「嵐は必ず過ぎ去る」と冷徹に信じ、ただひたすらに自分の持ち場で「やるべきこと」を淡々とこなしながら、時が過ぎるのを待つことだ。
4. 嵐の中に立つあなたへ:時間を味方につける「静かな備え」
もし今、あなたが仕事の巨大なプレッシャーや、理不尽な環境の激変によって押し潰されそうになっているなら、この言葉を思い出してほしい。
どんなに激しい雨も、永遠には降り続かない。 あなたが「最後の砦」として、ただ折れずにそこに立ち続けてさえいれば、必ず雨は上がり、次の一手が見えてくる。これまで生き残ってこられたのは、幸運もあっただろうが、何より**「時間を味方にし、嵐をやり過ごしたから」**に他ならない。
雨が上がった時、あなたの前には必ず新しい道が広がっている。 しかし、嵐の中でただ耐えるのは精神的な消耗が激しい。だからこそ、私はもう一つの「現実的な知恵」を持つことをお勧めしている。
それは、外の世界に「確かな目」を持つパートナーを置いておくことだ。
今の会社が沈没しそうな時、あるいは心が折れそうな時、「いざとなれば別の船(会社)に移れる」という事実を知っているだけで、人間は驚くほど冷静に嵐に耐えることができる。
自分の市場価値を客観的に知り、次の戦場を静かに探しておくこと。 それは決して会社への裏切りではない。嵐の中で自分自身の正気を保ち、ビジネスパーソンとして生き残るための、**「静かな抑止力」**なのだ。
止まない雨はない。 冷徹に準備を整え、共にこの嵐を生き抜こう。
玄水
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