外資系企業でグローバル営業やマネジメントの仕事をしていると、1年の大半を海外という「アウェイの地」で過ごすことになる。
私の場合は、多い年で年間200日近くを海外で過ごしてきた。これだけ長く外地にいると、単なる旅行とは次元の違う、極めて切実な問題に直面する。それが「日々の食事」だ。
今回は、海外出張においていかに体調を崩さず、常に高いパフォーマンスを維持するかという「食の生存戦略」についてお話ししたい。
年間200日の海外出張。かつては「未知の味」を求めた
私はもともと好き嫌いがなく、胃腸もかなり丈夫なほうだ。そのため、これまでの長い海外経験の中でも、食事による深刻なトラブルや食中毒で寝込んだ経験は幸いにしてない。
若い頃は、新しい土地へ赴くたびに「その土地でしか食べられない未知の味」を貪欲に追い求めていた。 仕事終わりに東南アジアの喧騒にまみれた屋台を巡り、地元民しかいないような食堂で汗を流しながら辛い麺をすする。それは、今振り返っても本当に楽しく、血肉となるかけがえのない経験だったと思う。
15年前の転機。「食」に求める優先順位が変わった
しかし、15年前のある出来事が、私の「食」に対する価値観を根本から変えることになる。
健康管理のために、徹底したダイエットと禁酒を始めたのだ。これを機に、私は自分の口に入るもの、そのすべての意味を論理的に見直すようになった。
その時、一つの問いが頭から離れなくなった。
「自分にとって、食事において最も重要な要素は一体何なのか?」
- 美味しさか?
- 栄養素のバランスか?
- それとも、非日常の珍しさや体験か?
自問自答を繰り返した末に辿り着いた結論は、驚くほどシンプルだった。 それは、「安全」である。
どれほど美味しくても、どれほど行列ができる人気店であっても、「どこで、誰が、どんな衛生状態の材料を使って作ったのか分からないもの」を平気で口にすることは、プロフェッショナルとして自分の体調と仕事に対して無責任なのではないか——そう考えるようになったのだ。
なぜ「せっかくの海外」でマクドナルドを選ぶのか?
東南アジアのローカルフードが安くて美味しいことは、長年の経験から身をもって知っている。だが、その裏側にある衛生面や食材の保管状況を冷徹な目で見れば、疑問符がつく場面が多々あるのも事実だ。
それ以来、私は海外出張中の外食では、マクドナルドやケンタッキー・フライド・チキン(KFC)といった「国際的なグローバル・ファストフード」を積極的に選ぶようになった。
「せっかく海外まで来て、マックを食べるの?」と、同僚やクライアントから笑われることもある。しかし、私にはそうするだけの極めて合理的な理由がある。
1. グローバル基準の圧倒的な「食品安全・衛生管理」
彼らグローバルチェーンは、世界中どこであっても「一定の安全基準」をクリアした食材と調理工程を担保している。 特に2026年現在、世界的なインフレや気候変動の影響で、新興国のローカル食堂では食材の質や衛生管理への投資が真っ先に削られやすい。その点、高度にシステム化されたグローバル企業のサプライチェーンは、圧倒的な安心感がある。
2. 「予測可能性」という名の最強の武器
海外出張中は、常に時差やプレッシャーに晒され、判断力を削られている。 「これを食べたらお腹を壊すかもしれない」という余計なストレスを排除し、「どんな味で、どれくらいのカロリーか」が100%予測できる食事は、脳のメモリを無駄遣いしないための有効な手段だ。
3. 体調不良による「機会損失」の排除
私たちの出張費用や人件費には、数百万円単位のコストがかかっている。もし「美味しいローカルフード」と引き換えにお腹を壊し、翌日の重要な商談やプレゼンでパフォーマンスが落ちれば、それはビジネスマンとして完全な敗北である。
結論:これは妥協ではない。プロフェッショナルとしての生存戦略だ
誤解のないように言っておくが、若い頃のストリートフードでの冒険は、私にとって異文化を理解するための大切な財産だ。現地の食文化を否定するつもりは毛頭ない。
しかし、年間200日を海外という「戦場」で過ごし、常に一定以上のパフォーマンスと結果を求められる立場になった今、「安全に、安心して食事ができること」は、単なる味覚を超えた、何物にも代えがたい価値になった。
海外でのマクドナルドは、決して「妥協」や「逃げ」ではない。
22年にわたる過酷な海外ビジネスの現場を経て、私が自らの尊厳と仕事のクオリティを守るために辿り着いた、最も合理的でしたたかな「静かな生存戦略」なのである。
玄水
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