海外の最前線で営業やマネジメントを担うようになり、1年のうちおよそ200日をホテルで過ごしている。
私にとって、海外出張中のホテルは単なる「寝る場所」ではない。時差やプレッシャー、そして異文化という過酷な外地において、心と身体のスイッチを完全に切り、無防備になれる唯一の「前線基地」である。
だが、現在の「安全を最優先する」という冷徹なホテル選びの基準に辿り着くまでには、十数年の時間と、一生脳裏から離れない凄惨な出来事があった。
繁華街の喧騒に潜んでいた「死のリスク」
若い頃の私は、ホテル選びにおいて「便利さ」と「楽しさ」を優先していた。
街の中心部や、繁華街に歩いて行ける少し高級なホテルを選ぶ。仕事が終われば、ネクタイを外して近くの店で地元の酒を飲む。それは海外出張の醍醐味であり、過酷な労働に対するささやかな報酬でもあった。
私の考え方が根底から覆されたのは、十数年前、東南アジア某国の大都市へ出張した時のことだ。
私が滞在していたホテルのすぐ近くで、大規模なテロ事件が発生したのである。 事件直後、周囲の道路は封鎖され、重武装の警察官と逃げ惑う人々、そして野次馬で埋め尽くされた。遠くでサイレンが鳴り響く中、飲み屋からホテルへ戻る数百メートルの道程に漂っていた異様な血の匂いと緊張感は、今でも肌が覚えている。
翌朝、道路の血の跡を洗い流す人々
本当の衝撃は、翌朝に待っていた。
早朝、顧客のオフィスへ向かうためにホテルを出発し、事件現場のそばを車で通りかかった時のことだ。そこでは、多くの清掃員や地元の人々が、アスファルトにこびりついた大量の血の跡を、ホースの水とデッキブラシで必死に洗い流していた。
その光景を見た瞬間、背筋が粟立ち、全身の血の気が引くのを感じた。
「昨日、自分が酒を飲んで歩いていたあの場所が、そのまま戦場になっていてもおかしくなかったのだ」
海外というアウェイの地では、日常と非日常の境界線は極めて薄い。この瞬間を境に、私のホテル選びの基準は180度、完全に変わった。
命を守り抜く「絶対的なホテル選びの3原則」
不必要なトラブルを避け、任務を完遂し、確実に生きて日本へ帰る。 分断が進み、地政学リスクが世界中で高まっている2026年現在、この鉄則はさらに重要性を増している。
そのために、私は以下の3つのルールを一切妥協せずに守っている。
① 「繁華街」を徹底的に避ける
人が無差別に集まる場所(ソフトターゲット)は、テロや暴動、犯罪の標的になりやすい。そのため、どんなに便利でも賑やかな中心地のホテルは絶対に選ばない。
あえて中心部から少し離れ、かつ「顧客のオフィスに近いエリア」を選ぶ。これは安全面だけでなく、東南アジア特有の「朝の絶望的な交通渋滞」を回避するという実務的な戦略でもある。通勤の疲労を削ることは、そのまま商談のパフォーマンス向上に直結する。
② セキュリティガード常駐の「非開放的なホテル」を選ぶ
誰でも自由にロビーへ入れてしまう、風通しの良いリゾート風のホテルは選ばない。
ホテルの敷地に入るゲートで車両のトランクチェックが行われ、エントランスにはセキュリティガードと金属探知機が常駐しているか。 「誰でも歓迎される場所」ではなく、「厳重に守られている場所」に身を置く。これが、海外で長く生き残るための基本姿勢だ。
③ 世界展開している「グローバルホテルチェーン」に絞る
前回の「食事編」で、私がマクドナルドを選ぶ理由について書いたが、本質は全く同じだ。
地元のブティックホテルがどれほどお洒落でサービスが良くても、私は選ばない。なぜなら、世界的ホテルチェーン(マリオット、ヒルトン、IHGなど)には、テロ・暴動・自然災害といった突発的な事態に対する高度な対応プロトコル(グローバル基準の手順書)が整備されているからだ。
有事の際、ローカルスタッフの「現場任せ」になるか、多国籍企業としての「組織的なプロの退避対応」が期待できるか。いざという時、この差は文字通り生死を分ける。
結論:「冒険」を卒業したあとの安息
長年の出張経験を経て、現在では各都市に「ここなら絶対に安心だ」と判断した私なりの御用達ホテルを持っている。初めて訪れる街であっても、この3原則は決して崩さない。
若い頃のように、繁華街の夜のネオンを楽しむことはめっきり減った。 だが、その代わりに私は「絶対的な静寂と安全」を手に入れた。
外地は、時にいとも簡単に戦場へと変わる。 そこで何十年も戦い続け、勝ち残るためには、心から安心して背中を預けられる「強固な基地」を確保することが、何よりも重要な生存戦略なのである。
玄水
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