なぜ人は「静かに退職」するのか (第2話)|生成AIが広がるほど、人は働かなくなる ── 仕事は奪われていない、「意味」が消えているだけだ

連載記事:なぜ人は「静かに退職」するのか ─ 会社に期待しなくなった時代を生んだ8つの構造変化(全10話)

近年、多くのビジネスパーソンが、口には出さないまでも、心の奥で同じ問いを抱えている。

「この仕事は、あと何年“意味”を持ち続けるのだろうか」

生成AIの普及が私たちに突きつけた現実は、単なる効率化ではない。
それは、ホワイトカラーが長年、自らの存在価値としてきた

  • 思考
  • 文章
  • 分析
  • 企画

といった領域が、極めて低コストで外部化・自動化されるという事態だった。

仕事が消えたのではない。
仕事に意味を与えていた前提が、静かに崩れ始めたのである。


目次

1. 「意味」と「戦意」を同時に失う構造

現場で起きているのは、二つの喪失が同時進行する現象だ。

第一の喪失|意味の消失

数日かけて練り上げた企画書。
慎重に仮説を立て、時間をかけて分析したデータ。

それらが生成AIによって、数十秒で、しかも一定以上の品質で出力される。

この現実を前にしたとき、人は自分の仕事に「物語」を乗せにくくなる。
努力や熟練が、成果に比例しなくなったからだ。

評価が下がったわけではない。
しかし、納得感が失われた。

第二の喪失|戦意の低下

もう一つは、戦意そのものの喪失である。

AIの進化速度は、人間の学習曲線を前提にしていない。
必死に知識を更新しても、その努力が数ヶ月後には陳腐化する可能性が常にある。

努力すれば報われる、という前提が揺らいだとき、
人は合理的に「力を抜く」。

これは敗北ではない。
勝敗条件が見えなくなったゲームから、一歩距離を取る行為である。


2. 米国との時差が示す「AIと静かな退職」の相関

「Quiet Quitting」という言葉が米国で広がり始めたのは2022年頃。
そして日本で本格的に語られ始めたのは、そこから数年後だ。

この時差は偶然ではない。
生成AIの社会実装が進むスピードの時差と、ほぼ重なっている。

AIの影響を最初に受けたのは、
「思考」「文章」「判断」を仕事の核にしてきたホワイトカラーだった。

米国で先に起きた「仕事の意味の空洞化」が、
数年遅れて日本でも可視化され始めた。

これは文化論ではなく、技術と動機の因果関係である。


3. 不確定な未来が生む、本能的な「後退」

生成AIによる変化は、一過性のトレンドではない。
しかも、その進化は人間の理解や合意形成を待たずに進む。

仕事において、

  • ゴールが不明確
  • ルールが頻繁に変わる
  • 努力のリターンが読めない

この条件が揃ったとき、人間は本能的に前進をやめる

「とりあえず、様子を見る」
「必要以上に踏み込まない」

これが「静かに退職」の正体だ。
無気力ではない。
生存戦略としての一時的後退である。


4. 否定されるのは「仕事」ではなく「人生」

特に、この衝撃を強く受けるのは、
仕事に時間と誇りを注いできた人々だ。

心理学的に見ても、
自分が積み上げてきた仕事の価値を否定されることは、
人生そのものを否定される感覚に近い。

「自分が何年もかけてやってきたことが、ボタン一つで代替される」

この現実に正面から向き合い続けることは、精神を摩耗させる。
だから人は距離を取る。
情熱の投入量を下げる。

それは逃避ではない。
自分を壊さないための、極めて人間的な防衛反応だ。


小さな結論|静かな退職は「終点」ではない

生成AIがもたらしたのは、失業ではない。
それは、仕事に付与されてきた意味の前提が、先に崩れたという事実だ。

人は仕事を失ったから静かになったのではない。
「この努力は、どこへつながるのか」という問いに、社会が答えられなくなったから、力を抜いた。

そして重要なのは、この感覚が
特定の企業や、特定の職種に閉じたものではないという点である。

生成AIは、あらゆる知的労働を
「代替されるかどうか」ではなく、
**「積み上げる意味があるかどうか」**という土俵に引きずり下ろした。

だが、ここで一つの疑問が残る。

もし問題の本質がAIだけなら、
なぜこれほど広範囲で、これほど同時多発的に
人々の“戦意”が低下しているのか。

答えは、AIの外側にある。

私たちが直面しているのは、
努力すれば未来が開ける、という物語そのものの劣化である。

そしてその物語を、長年支えてきたのが
「世界は開き続け、成長は外に向かって広がる」という
グローバル化の前提だった。

次話では、
世界が閉じ始めたとき、
人の努力がなぜ行き場を失ったのかを扱う。

逆グローバル化という構造変化が、
静かな退職を“個人の選択”から“時代の現象”へと押し上げた理由
を、
さらに掘り下げていく。


玄水


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