「うちは人を育てる会社だ」
日本企業が採用活動や社内報で、誇らしげに使うこの言葉。
近年では「人的資本経営」などという新しいパッケージに包まれて語られることが多いが、現場の現実は残酷だ。
人は、育たない。
それどころか、考える力のある優秀な若手から順に組織を見限り、静かに去っていく。
理由は極めて単純だ。日本企業の言う「育成」は、能力開発でもキャリア支援でもなく、最初からシステムとして破綻した幻想だからだ。
若手が育たない問題は、現場の上司の性格のせいでも、若者自身の「根性不足」でもない。欠陥は、人を迎え入れる制度と設計そのものにある。
1. 「育成」という名の無計画な放流
本来、企業における育成とは、極めて高度で冷徹な「設計行為」である。
- どのようなスキルセットを
- どの順序で、どのレベルまで
- どれくらいの期間と予算をかけて到達させるのか
これらが数値化・言語化されて、初めて「育成プログラム」と呼べる。
しかし、多くの日本企業(あるいは日系化してしまった外資系企業の一部)には、この設計図が存在しない。ジョブ型雇用への移行を叫びながらも、現場にあるのは「とりあえず配属して慣れさせる」という無計画な放流だけだ。
私が以前勤めていた日系企業にも、形式上は新人に「メンター(教育係)」をつける制度があった。
だが実態は、制度ではなく完全な「属人運用」である。教育係自身の業務遂行能力、性格、社内での政治的立ち位置、さらにはその部署の残業時間といった「本人の努力ではどうにもならない変数」によって、その新人が3年後も生き残れるか、心を折られて去るかが決まってしまう。
つまり、日本企業における配属と育成の実態は、キャリアを運に委ねる悪質なロシアンルーレットに過ぎない。
2. OJTという名の「責任の所在を消す装置」
日本企業で金科玉条のように多用される「OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)」は、もはや教育手法と呼べる代物ではない。それは、経営陣と人事部が現場へ責任を丸投げするための免罪符として機能している。
「実務を通じて仕事を覚えろ」「先輩の背中を見て盗め」「そのうち慣れる」
これらは育成ではない。ただの放置プレイだ。
もちろん、現場で教える側に悪意はない。彼ら自身もプレイングマネージャーとして極限まで多忙であり、人に「教える時間」も「教え方を学ぶトレーニング」も会社から一切与えられていないからだ。
その結果、何が起きるか。
- 現場は忙しくて教えられない
- 新人は放置され、育たない
- それでも人事上は「OJTを実施したことになっている」
誰も悪くないが、誰も育たない。「責任の所在だけが完璧に消滅する構造」がここに完成する。
一方、外資系企業の前提はドライだ。彼らは「プロフェッショナルとして即戦力であること」を前提に採用する。会社が用意するのは、自社の製品知識、コンプライアンスルール、システムの使い方といった“パズルのピース”だけだ。
受ける側にプロとしての土台があるからこそ、短期間のOJTが鋭く機能する。日本のOJTは、この前提条件を欠いたまま「手法」だけを輸入しているから機能不全を起こすのだ。
3. ミスマッチのツケは、最後に「本人」へ回される
前回の記事(配置は「適材適所」ではない──実態は「空き枠補充」で人生が決まる)で述べた通り、日本企業の配属は「適材適所」ではなく、単なる人員の帳尻合わせである。
適性のない部署へのミスマッチな配属。
設計図なき属人的な育成。
十分な武器を与えられないまま放流され、成果だけを要求される現場。
そして、結果が出なければ、最後に上司や人事からこう引導を渡される。
「君の努力が足りない」「うちの社風に合っていなかった」
これは教育でも成長支援でもない。組織の構造的欠陥を個人の責任へとすり替える、悪質な責任転嫁だ。
特に新入社員は、「会社は時間をかけて自分を育ててくれる」という前提をピュアに信じている。だから理不尽にも耐え、必死に適応しようとする。だが2〜3年後、「他社で通用する武器が何一つ身についていない」という絶望的な事実に気づく。
稀に、この構造の異常性を早期に見抜き、自費で学び、転職市場へと抜け出す人もいる。しかし、それは例外的なサバイバーだ。大多数の善良な会社員は、壊れた育成システムの中で、静かに気力と自尊心を削り取られていく。
結び:あなたは悪くない。設計が壊れているだけだ
日本型サラリーマンが際限なく消耗する理由は、個人の努力不足でも、能力不足でもない。
最初から、個人が消耗し、組織に依存するように設計されているだけだ。
もし今、あなたが「自分が成長できていないのは、自分の能力が低いせいだ」と自己嫌悪に陥っているなら、その思い込みは今すぐ捨てるべきだ。
あなたは悪くない。
組織が、人を戦略的に「育てる」ための人材設計図を、初めから持っていないだけなのだ。
この事実を冷徹に認識することから、あなた自身の「静かな生存戦略」は始まる。
玄水
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