仕事の醍醐味は、困難な交渉を越え、目に見える成果(数字)を手にすることにある。
大きな案件をクロージングした直後、高揚感に任せてその功績を社内外に語りたくなる承認欲求は、人間である以上、痛いほど理解できる。特に近年は、SlackやTeamsといった社内チャットツールの普及により、誰もが息を吐くように「自分の成果」を全社へアピールできる時代になった。
しかし私は、あえて徹底した沈黙を選ぶ。
成果が確定した瞬間こそ、最も口を慎む。
これは道徳的な謙遜でも、奥ゆかしさという精神論でもない。外資系という実力主義の荒波の中で、自分の成果と政治的立場を長期的に守り抜くための、極めて合理的な生存戦略である。
1. 嫉妬を回避し、成果を守る『韓非子』の教え
中国古典の『韓非子』に、以下のような冷徹な人間観察の言葉がある。
「事以密成、語以泄敗(事は密なるを以て成り、語は漏らすを以て敗る)」
物事は密かに進めることで成就し、語られた瞬間から崩れ始めるという意味だ。この教えは、プロジェクトが進行中だけでなく「事が成った後」にも完全に当てはまる。
組織という閉鎖空間には、必ず自分の成果を面白く思わない人間が存在する。それは同期かもしれないし、他部署のマネージャーかもしれない。不用意に成果を語れば、彼らに揚げ足を取る材料を与え、上層部に「あれは外部環境が良かっただけだ」という別の解釈(ノイズ)を流される余地を生む。
自分から声高に語らないことで、短期的な評価が多少目減りする可能性はある。
だが私は、その目減り分を「嫉妬という致命的なリスクから身を守るための保険料」として、喜んで支払っているにすぎない。
2. 組織の「和」を守るという、冷徹な計算
現代の複雑化したマトリックス組織において、本当に「自分一人の力」で完結する成果など統計学的に存在しない。
一方で、人間は誰しも自己評価が過大になりやすい生き物だ。自分が「8割は自分の手柄だ」と思っていても、周囲のサポート部門や技術部隊は「自分たちの支援がなければ成立しなかった」と確信している。
この認識のズレがある中で、フロントに立つ人間が自画自賛を始めればどうなるか。目に見えない反感とフラストレーションが、社内に静かに、だが確実に蓄積されていく。
だからこそ、沈黙を守り、功績のスポットライトを周囲に譲る姿勢を意図的に見せるのだ。
「技術チームの迅速な対応のおかげだ」「現地の代理店がよく動いてくれた」と他者を持ち上げることは、美しい人間愛などではない。次の困難なプロジェクトで彼らの協力を120%引き出すための、極めて実利的な先行投資(クレジットの蓄積)である。
3. ベテランの仕事は「成果を出すこと」ではない
キャリアを重ね、50代というベテランの領域に達すれば、成果を出すことはもはや「特別」なことではない。それは会社に居座るための最低限の前提条件(ベースライン)だ。
- 淡々と数字を積み上げる。
- 火種を未然に消し、淡々と泥を被る。
- そして、淡々と次の四半期に備える。
「自分がいなければこの事業は回らない」という自負があるのなら、一つひとつの成果をいちいちチャットで報告し、承認を求める必要はない。定年を迎えるその日まで、一つでも多くの結果を静かに積み上げること。ノイズを立てずに利益をもたらし続けること。それこそが、資本と労働の契約に対するプロとしての最大の誠意だと私は考えている。
結び:語らぬことで、成果は定着する
本当に価値のある成果は、自分がアピールしなくても、やがて「売上」や「利益率」という動かしがたい事実として組織のシステムに浸透していく。
言葉は安いが、数字は重い。
語らないという選択は、一見すると地味で目立たないが、防御力としては最強である。
狂騒から距離を置き、沈黙の中で次の一手を仕込み、次の戦いに備える。
この姿勢こそが、嫉妬の炎に焼かれることなく、アウェイな環境で長期にわたって静かに生き残り続けるための、最も確実な戦略なのだ。
玄水
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